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*市長汚職事件に関して「facebook」上に発言したもの。
| 番号 | 年月日 | 標 題 |
| 49 | ||
| 48 | H31.01.13 | 未だ「革新的職員」登場せず |
| 47 | H31.01.08 | 深甚なる敬意 |
| 46 | H30.12.30 | 行政の透明性 |
| 45 | H30.12.23 | 汚職事件後の「パブリックコメント」 |
| 44 | H30.12.21 | 忠臣と佞臣 |
| 43 | H30.12.09 | 孟子、(前)伊東市長を撃つ |
| 42 | H30.12.05 | 「孟子」に学ぶ |
| 41 | H30.11.30 | 切腹問答 |
| 40 | H30.11.27 | 老人の戯言か |
| 39 | H30.11.23 | 新たな市民の信頼回復に邁進せよ |
| 38 | H30.11.16 | 名誉を剥奪せよ |
| 37 | H30.11.10 | 政党の矜持 |
| 36 | H30.10.28 | 幕府の役人と伊東市の役人 |
| 35 | H30.10.22 | 世間の相場 |
| 34 | H30.10.14 | 「市長汚職防止条例」を却下す |
| 33 | H30.10.01 | 倫理条例ではない。汚職防止条例だ。 |
| 32 | H30.09.25 | 構造改革不可論 |
| 31 | H30.09.21 | スクラップブックの発見と市長汚職事件 |
| 30 | H30.09.12 | 佃前市長のヒアリングはもう済んだか |
| 29 | H30.09.06 | 組織の矜持 |
| 28 | H30.09.04 | 「市長汚職防止条例」と「市長政治倫理条例」 |
| 27 | H30.09.02 | 市長汚職事件と市長等倫理条例(案)のパブコメ |
| 26 | H30.08.31 | 赤貧の中、襤褸をまといて歩く人のあり |
| 25 | H30.08.25 | 記録がないならヒアリングしてレポートを公表せよ |
| 24 | H30.08.01 | 「6万9千人の市民と共にあり」 |
| 23 | H30.07.27 | 決起の報道 |
| 22 | H30.07.27 | 汚職事件の関心遠のくを感じて |
| 21 | H30.07.23 | 老人の戯言というなかれ |
| 20 | H30.07.17 | 「驚き・残念」と「怒り・憤り」 |
| 19 | H30.07.16 | 凡夫の検証委員会 |
| 18 | H30.07.14 | 映画「空とぶタイヤ」と伊東市の政治状況 |
| 17 | H30.07.09 | 義理が廃れりゃこの世は闇よ |
| 16 | H30.07.08 | 勝手に参考人 |
| 15 | H30.07.08 | 市長と事業者の関わりにも現れる伊東市の体質 |
| 14 | H30.07.04 | 遠のいたか汚職事件の興味 |
| 13 | H30.06.29 | 失点しているのになぜ攻めない |
| 12 | H30.06.28 | 汚職事件後の「議会の検閲権」 |
| 11 | H30.06.25 | シンギュラーポイントと汚職事件 |
| 10 | H30.06.23 | 空耳か「三文芝居はやめろ」の声 |
| 9 | H30.06.20 | 病重くとも幕舎から出でよ「諸葛亮孔明」 |
| 8 | H30.06.19 | 「土地取引の検証」と「再発防止マニュアルの策定」 |
| 7 | H30.06.19 | 市議会の名誉挽回とは |
| 6 | H30.06.18 | 腹のくくり方 |
| 5 | H30.06.17 | 佃前伊東市長の収賄罪逮捕に思う |
| 4 | H30.06.15 | 新聞の市長コメントに思う |
| 3 | H30.06.14 | 任務の続き |
| 2 | H300.6.14 | 組織防衛と市長 |
| 1 | H30.06.14 | 前伊東市長1000万円収賄の新聞記事 |
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古今東西、幾度となく政治の革新が行われてきた。これまでの常識、習慣、しきたりを一挙に変更し、それ故抵抗にもあうだろうから、大層なエネルギーを使うことになる。そのエネルギーが蓄積されていなければ、あるいは平行してエネルギーが生み出されなければ革新など起こりようもない。先覚者の一人や二人がいたところで、それだけでは如何ともし難い。しかも、必ずしも成功するとは限らない。 革新の引き金が引かれるには色んな場合がある。一つには、とんでもない事件あるいは状況が起きる場合がある。その事件なり状況がこれまでの常識、習慣、しきたりでは対処できないと悟った時、それを契機としてに革新に至る。 伊東市では、(前)市長が汚職事件で捕まって半年が経過する。とんでもない事件だと思うのだが、未だ革新の引き金が引かれた様子はない。これは一個人の一過性の事件だったのだろうかと思ってしまう。現市長は、この事件の後、市長の政治倫理条例を制定したり、業務の見直しをしているというが、まさに「見直し」であって、これまでの常識、習慣、しきたりは温存される。「革新」とは次元を異にする。 事件後に愚輩が接した市職員をみれば、仕事の仕方はこれまでと同じ感覚であり、意識は何も変わっていないことがわかる。愚輩が接したのは極わずかの職員に過ぎないが、押して知るべしと思われてしまう。恐らく愚輩にそう思われるだろうということすら意識にはないのであろう。 「革新官僚」という言葉がある。昭和のはじめのことのことだ。この言葉は歴史的な意味を持つので一般論としては使いづらいが、伊東市には、「革新的職員」は居ないのであろうか。たかだか数百人の組織である。何とでもなるだろうにと思う。「革新的職員」が表に出てくる場面だと思うのだが。 昨年の12月議会で、生え抜きの副市長は、(前)市長汚職事件の責任を問う議員の質問に答弁して、「切腹」という言葉を自身も口にしてその覚悟のほど吐露した。切腹するのを待てと言うのは、武士の情けにはならぬが、その覚悟を以て「革新的職員」の育成に力を注がれよと助言するのは益無きにしもあらずか。 |
| 47.「深甚なる敬意」 平成30年のFacebookに投稿した「愚想録」は168項目を数えた。年が明けたら「烏川愚想録」としてすぐに印刷発行(自家製本)できるようにその都度編集していたのだが、暮れにパソコンが故障して、デスクトップに保存してあった編集データが失われてしまった。編集し直しているがこれが時間がかかる。 校正のためにはじめから読み直しているのだが、168項目中、46項目が佃(前)伊東市長汚職事件に関わる内容である。愚輩がこの事件を伊東市政上極めて重要だと考えている度合いが知れようというものである。 市のホームペ-ジに掲載されている小野市長の年頭所感を見たが、汚職事件については一言も触れていない。もう済んだことだというのだろうか。重要な事件という認識はないのであろうか。ホームページには、市長選に当選した直後の平成29年6月議会における市長所信表明も掲載されている。長くもない所信表明中、数行を費やして佃(前)市長について賛辞を呈している。 曰く。「その優れた政治的センスをいかんなく発揮された功績は極めて大きなものであり、深甚なる敬意を表すものであります。」等々。この年頭所感と所信表明の対比はおもしろい。当選直後の所信表明はともかく、愚輩の政治的センスでは、今年の年頭所感でこれを打ち消しておけばいいのになあと考える。一度発した言葉は取り消しはできないが、状況が変われば言葉を被せていくらでも打ち消しや修正はできる。それも政治の内なのになあと考える。 ホームページには、佃(前)市長逮捕後の市長コメントも掲載されているが、型どおりのものであり、ほとんど中身はない。 |
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しかし、行政の透明性が大事だということは、今に始まったことではない。以前から言われ続けていることである。 (前)市長は、行政を不透明にして汚職事件を起こしたのであるから批判して言うべき言葉がなかなか見つからない。批判されるのは当然の上に当然である。では、市役所の職員はどうか。少なくとも、この汚職事件発覚以後、小野市長が大事だという如く行政事務に透明性が増したであろうか。一層そのことに注意を払っているだろうか。 12月のはじめ、ある「周知の埋蔵文化財包蔵地」の範囲内にあると思われる場所で土木工事をしているのを目撃したので、名前を名乗って教育委員会に通報した。教育委員会はすぐに現場を確認するとの返事だった。工事業者あるいは事業者にどういう対処をしたか、現場確認が終わったら通報者である愚輩に連絡をしてほしいことも付け加えた。 何日過ぎても何の連絡もないので、その時の記録を情報公開請求した。しかし、公開された情報には、愚輩が通報した記録もその通報によって動いた記録もなかった。 代わりに、あろうことか、11月30日に遡って事業者が所定の手続き書類を提出したことになっていた。「周知の埋蔵文化財包蔵地」内での土木工事は着手60日前までに届けを出さなければならないことになっている。書類だけみれば事業者に落ち度はないことになる。愚輩の通報は一体何だったのかということになる。 情報公開を受けるときに、担当者からこの間の事情の説明があった。担当者は、事業者には厳重に注意したというが、注意したその記録もつくられていない。何のことはない、結局のところ、行政自らが行政上の手続きの抜け道を丁寧に教え指導していたのである。また、過去に掘削した場所を再掘削していたので実害はないと説明する。しかしそれが大きな誤りであることに気がついている様子はない。事前に届けを出させることによって、そういうことも含めてチェックできるのである。そのための事前の届けである。 このことは、一般市民がそうとは知らずに日常生活のために穴を掘ってしまったという類いの話ではない。この事業者は、この「周知の内蔵文化財包蔵地」内でビジネスをするについて、事前にその扱いに関して教育委員会に確認しに来ているという。そういう中での無届け土木工事である。手続きを知らなかったということはない。客観的にみれば、事業者の尻拭いに行政が協力しているということになる。恐らく教育委員会は、これまでも同じようにしてきたのであろう。どこに行政の透明性があるのだろうかということになる。 担当者に行政の透明性という意識がないことは明らかである。しかし、担当者を責めるのは酷かもしれない。今まで通りのやり方をしただけのことであろう。役付の肩書きを持つ職員が同席していたので、その職員には、市長汚職事件の教訓を説いて、「記録は後からでもつくれるので、今回の経緯を記録に残しておくべきであろう」と助言しておいた。 しかし、感度は鈍かった。またいやなことを言うと思われたかも知れない。老人の助言は概して小言と思われ易い。任意ではあるが、教育長宛の情報公開請求書には、請求の目的を記載する欄がある。「適正な行政事務が行われていたか否かの確認のため」と記載した。文化財保護行政の長たる教育長は、その意味をわかってもらえただろうか。 |
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この計画は、(前)伊東市長が汚職で捕まってから、パブリックコメントにかけられる事案であることから、これまでと異なる視点からも検証されなければならない。端的に言えば、市長のお友達や支持者などが有形無形の不公正な利益を得ることにつながる記述がありはしないか、市長が政務を執行するに当たって、公正、公平な記述となっているかということである。この観光基本計画に、例示であっても具体的な事業名などが記載されている場合は、その事業がどういう人と関係しているかなど特に注意をしなければならない。 伊東市では、(前)市長の現職時の汚職を契機として、この12月議会で政治倫理条例が成立した。市長の責務に「その市政を執行する権能が市民の信託によるものであることを深く自覚し、自ら進んでその高潔性を明らかにし、誠実に職務を執行しなければならない」とある。市長が百万遍これを唱えることも大事ではあるが、市民が観光基本計画に不正、不公平の萌芽となるような記述があるかないかを考察することは大事である。(前)市長の汚職事件をどこかにおいてしまって、以前と同じように、さあパブリックコメントでご意見をお聞かせくださいとなってしまってはあまりにも緊張感がない。 さて、パブリックコメントを募集するに当たって、市民に示された資料は、ホームページに掲載された全47頁の「第3次伊東市観光基本計画(原案)」があるのみで、特段の補足、説明資料はない。例えば、第2次伊東市観光基本計画から何がどういう理由で変わったのかという資料はない。第3次基本計画(原案)の中にそれらしき記述はあるが、愚輩などには、具体性を伴ってすぐには読み解けない。第2次伊東市観光基本計画は探せばホームページに記載されているのだが、第2次と第3次の比較表は意見を言いたい市民は自分でつくれということなのだろう。また、この第3次原案をつくる過程でどんな論議があったのかその記録もわからない。意見を言いたい市民は情報公開請求しろということなのだろう。 「伊東市パブリックコメント手続き実施要綱」には、「計画等の案を公表するときは、作成した趣旨、目的、背景等当該計画等の案を理解するために必要な資料を併せて公表するよう努めるものとする。」とある。実際にはそうは努めていないのである。今に始まったことではない。何度かこれまでにパブリックコメントの中で同じことを言ってきたのだが一向に改善される気配はない。 (前)市長汚職事件は、政務の不透明性が大きな問題の一つである。これを真に改善しなければならない。平成24年にできた「伊東市パブリックコメント手続き実施要綱」には、その目的の中に、「市の政策形成過程における透明性及び公正性の向上を図るとともに、市民等に対する説明責任を果たす」とある。職員はこれを文字面として見るのではなく、真に理解しなければならない。汚職事件と職員の意識には同根となる部分があったかも知れないということに思い至らなければならない。 この12月議会で副市長は、(前)市長汚職事件の責任は幹部職員にもあるといった。あたかもそれ以外の職員には責任がないようにもとれる。直接的にはそうかもしれない。しかし、汚職事件後の「第3次観光基本計画(原案)」のパブリックコメントの募集の仕方を見ると、まだ事件の重大性がわかっていないのではないかと思えてしまう。 公表した原案にすべてが記載されている。お前に理解する能力がないだけだと言われてしまえば、へっへっーと恐れ入る他はない。 |
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殷(いん)の紂王(ちゅうおう)は、後年妲己(だっき)に溺れ政務をおろそかにし、諫言(かんげん)する者を寄せ付けず、それでも諫言する忠臣は次々に殺したという。為に紂王の周りから忠臣は姿を消し、媚びを売り紂王に取り入ろうとする佞臣(ねいしん)のみがはびこり、国は乱れ、民心は離れ、やがて紂王は周の武王に討伐され、数百年続いた殷朝はついに滅びたという。 さて、(前)市長が現職時代の汚職で捕まった伊東市を殷に、捕まったその市長を紂王に比べてみるのはスケールが違いすぎて参考にもならぬが、「忠臣」「佞臣」という観点から見てみるのは興味深い。 市の幹部が市長の犯罪あるいは不適切な行為について諫言したという話を愚輩は寡聞にして知らない。だから、諫言したが為に降格されたという話も知らない。それ以前に、(前)市長の下では働けぬとして辞めていった職員はいたかも知れない。(前)市長の周りの幹部級職員の中に忠臣は居なかったのであろうか。程度の差はあれ、佞臣だけだったのであろうか。 宮仕えの身で、殿ご乱心なさいますな、このままでは一国滅びますぞと直言、諫言するのは最大限の勇気がいる。若き信長に死を以て諫言した平手政秀の例を出すまでもなく、諫言との引き換えは、処刑か自刃であると相場は決まっている。それ程の忠臣を望むのは無理であろうか。(どこにもそんなことは書いていないが)市長から特別に任命を受け、市長を補佐する副市長の任務には諫言も含まれる。それほどの副市長を望むのは無理なことであろうか。 市職員でなくとも、例えば議員の中に、(前)市長に諫言できる側近と言われる人は付いて居なかったのであろうか。誰であったのか愚輩の耳には聞こえてこない。この場合、子分は何人居てもあてにはならない。 権力を握る者は概して増長慢となり易い。そうであるが故に、古来人物であって権力の座につこうとする者は、よく聖賢の書を読み己を戒めるのである。また、真の忠臣を近くに置き、佞臣は遠ざけるのである。この理(ことわり)がわからず、自ら佞臣をつくり近くにおいてしまっては、政務の基本がわかっていないということになる。 |
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例えば、会社に勤めていれば、好悪は別にして、自分の信条としてそれはやりたくないと思うことがあっても、私にはできませんと言ってしまっては会社を辞めなければならない場合もある。信条の重さと天秤にかけて、まあこのくらいは仕方がないと納得する理由を自分で見つけなければならないこともある。当然だが、それでは会社を辞めさせていただきますということもある。 特に、法律により人を支配する大きな権力、権限を与えられ、それ故無形の影響力まで行使できる政治家は、このことを拳々服膺しなければならない。普通の会社員などとは比較にならぬほど過酷である。為すべき信条をもつ政治家は多々あれども、為さざるべき信条はを持つ政治家はどれほど居るだろうか。 (前)伊東市長は、人に語らずとも、どういう信条をもっていたのだろうか。為さざるべき信条を持っていたのだろうか。それを持たねば、任務を果たすことができないというに。 二千年の彼方から撃った弾丸は、伊東市を貫くか。 |
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君子で在りたいと思うのは君子ではないからに他ならない。振り返れば、善事だけを積み重ねてきた訳ではない。それに大小の区別があるかどうかは知らぬが、凡夫が思ういくつもの悪事も行ってきたのである。 凡夫の拙い経験から、世の中というもの、人というものを推し量ることはできるが、当たることもあれば外れることもある。貴殿は人の悪事を批判できるほどに君子であるかと問われれば、ふっふっと笑うしかない。善悪同時に存するのは凡夫の凡夫たる所以である。 しかし、悪事の中にも、こえてはならない悪事の規範というものがあるはずである。そうでなければ、世の中は無秩序が拡大し続けることになる。自分の悪事を弁護する訳ではないのだが、そんな風に考えている。 ある「孟子」関連の本を読んでいると、こんなことが書いてあった。愚輩流に解釈すれば、「賄賂にも道徳がある。取ったものはみんなに分けて人のために使え。送った者が助かるようにせよ。政治家の無能、無責任はまだなんとかなる。賄賂の道徳がなくなれば、後戻りは難しい」と。 (前)伊東市長の汚職事件は、取った金は黙って自分のお懐に入れるし、送った側は、元々賄賂を送るつもりはなかったのだから、何が助かったということでもない。時代は違うかも知れぬが、「賄賂の道徳」を完全に逸脱している。 世の中には善事も悪事もある。悪事の中にも規範、道徳がある。これを逸脱してはいけない。逸脱したことをそんなものだと思ってはならない。 |
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今日の伊東市議会一般質問で、一人の議員のおもしろい(興味深いと言うこと)問答があった。「切腹問答」だ。 質問に立った議員は、(前)市長の汚職事件に関して、幹部級職員の責任を問う質問で、減給、降格などのペナルティを自らに課す考えを問うて、「切腹」する気はないのかと問いかけた。これに当時の部長級幹部であった現副市長は、責任はあると思っている、「切腹」することも含めて身の処し方は常に頭の中にあると言う趣旨の答弁をした。例え話しかも知れないが、質問も答弁も穏当ではない。 しかし、質問する方も答える方もある覚悟があったと見た。薩摩の田中新兵衛は姉小路公知卿暗殺の嫌疑をかけられ捕縛された際、現場にあった証拠の刀を見せられると、言い訳をせずにすかさずその場で切腹して果てた。姉小路卿暗殺の真相は未だにわからないという。田中新兵衛を例に出すまでもなく、古来本朝では、責任を取るに自刃して果てた者は少なくない。 質問議員は打ち首を迫るのではなく、「切腹」を問いかけた。責任の取り方は幾通りもあるが、副市長は答弁で自らも「切腹」という言葉を使った。副市長は、(前)市長汚職事件の始末が済めば、恐らく責任を取って辞職するだろうと見た。 考えすぎだと言われてしまえばそれまでだが、確かに副市長は「切腹」することも含めて身の処し方を考えると言った。武士が公式の場で「切腹」を口にすれば、取るべき行動は一つしかない。極めて重要な「切腹問答」であった。 この問答は、本当はたとえ話しではなかったのである。 |
| 40.老人の戯言か 当人にそのそのつもりがあるかないかは別に置くとして、今から一億の日本国の宰相になる可能性は皆無に近い。七万に満たないこのまちの宰相になる可能性はと言えば、まあなくもない。そうだからというわけではないのだが、「東洋宰相学」(安岡正篤著)を読んでいる。全く整理がされていない烏川文庫のどこかにはあると思うのだが、探すより古書を買った方が早い。注文すれば一日で手元に届く。
斉の大臣である晏子(あんし)は、要路の人でありながら大層貧しかったようで、それを知った王が俸給を増やすと言ったところ、「決して貧しくはありません。君からの禄を貯えて民に施さぬは死に金というもの。」といって加増を受けなかったという。偉そうに振る舞う小人の雄とは大きなちがいである。
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| 39.新たな市民の信頼獲得に邁進せよ 前の市長が土地がらみの汚職で捕まったことから、市の部長級、課長級及び外部委員をメンバーとする委員会による「土地取得に係る業務の検証」が行われていたが、11月20日にその結果が市のホームページに掲載された。
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「悲歌に耳かす人もなく、沈み濁れる人の世に・・・」(第七高等学校造士館記念祭歌)、「止めよ離騒の一悲曲、悲歌慷慨の日は去りむ・・・」(青年日本の歌)などと歌われるように、昔から世は常に末世の観を呈するものなのかもしれない。また、社会に正対しようとする者にとっては、政治は常に不充分であり、それ故、政治家は常に不信であり、二流以下なのである。もっとも、既に悲歌することを止め、変革を目指す行動者にとっては、政治家が一流であろうと二流であろうとあまり意味はない。
国法の仕置きはそれでよしとして、伊東市としては、現市長はどう仕置きをするつもりなのだろうか。ほとんど情報が出てこないので、何をどう考えているのか皆目わからないが、このまま何もしないつもりなのだろうか。
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| 37.政党の矜持 ついこの間、現職の時の汚職で捕まった(前)伊東市長に懲役1年6ヶ月が求刑されたという記事が地元紙に載った。新聞には時々この汚職事件に関する記事が載るのだが、伊東市の行政からの情報はほとんど伝わってこない。今頃何をどうしているのだろうか。このままでは市民の関心は一層薄れてしまうだろうにと思う。関心を薄れさせないことが行政の役目なのにな、などと思ったりもする。 (前)伊東市長が汚職で起訴された時、小野市長は、「職員一丸となって市民の信頼回復に全力で取り組んでいく」とコメントしたという記事が新聞に載った。その後、何をどうして、どう結論づけたのだろうか。それともまだ何かやっている最中なのだろうか。年をとって目や耳の性能が落ちたとはいえ、まだ十分日常の生活には支障がない。そんな市井の凡夫の目や耳には、この汚職事件に関する行政からの情報はほとんど見えないし聞こえてもこない。 何々検証委員会を設置したというが、その後どうなったのだろうか。結論が出たのだろうか。中間報告は何回あったのだろうか。政治倫理条例を準備しているというが、汚職事件と関係があるのかないのか、条例案の凡夫のパブコメに対する行政の回答では、そこが明確ではない。関係がないということなのだろうか。 そんなことを考えていたら、来年5月の県議会議員選挙の候補者が名乗りをあげたという新聞記事があった。お名前のあったご本人はほとんど知らない方なので、なるほどと思って記事を見ていたのだが、記事中に、自民党の公認を申請する予定だとあった。汚職で捕まった(前)市長も現市長も、たしか自民党(伊東)から大きな支持を得ていたのではなかったかしらと考えた。公認かどうかという手続き上のことはともかくとして、市井の凡夫には捕まった(前)市長も現市長も自民党(伊東)と一体であると映る。 さて、(前)市長を支持した自民党(伊東)は、汚職事件に関して何か声明を出したのだろうか。愚輩は気がつかなかった。汚職事件をおこした当の本人を一所懸命支持した政党の立場で、汚職事件の原因を究明し、これからどうするのかということを総括し、広く市民に訴えた方がいいのではないかと他人ごとながら心配する。 刑事事件で捕まったのだから、政党としては、普通はその程度のことはやるのではないかと思う。もし、とんでもないやつだ、我が党もだまされたというなら、そのことを市民に訴えればいいのになと思う。何らかの声明を出していたとしても、愚輩が気がつかなかったということは、恐らく多くの市民も気がつかなかったのだろうと思う。 自民党(伊東)の関係者は、この汚職事件であちこち頭を下げて回ったであろうことは想像がつく。勝手な想像だからそんなことはしていないといわれるかも知れないが。まあしかし、声明を出すというのはそういうこととは別のことなのである。 市長選挙はもっとも身近な選挙である。県会議員選挙だって伊東で一人を選ぶ訳だから似たようなものである。市井の凡夫には、(前)市長汚職事件の総括も宣明していないのに、また県会議員選挙で誰かを支持するなどということがあれば、国民政党だろうが階級政党だろうが政党の名を冠する者の態度としては非常に奇異に映る。 |
| 36.幕府の役人と伊東市の役人
淡々とした記録だが、はじめの数ページを読んだだけでも両者の駆け引きが見て取れる。どう喝されて一方的に幕府が譲歩した訳ではないことがわかる。ペリー側の記録である「ペリー艦隊日本遠征記」は、だいぶ以前に購入した記憶がある。
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| 35.世間の相場 誰もやらなければ言い出しっぺがやると世間の相場は決まっている。だから、そうは思っていても、なかなか自分からは言い出せないこともある。そうして誰も言わなければ誰も気がつかなかったことと同じことになる。本当は、大方の人が気がついているのにである。
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| 34.「市長汚職防止条例」を却下す
20件の意見があったというから、やはり前市長の汚職事件に関する市民の関心は低くないのだろうと一瞬思ったのだが、何とその20件は一人の意見だという。なんだパブコメは俺だけかと拍子抜けしてしまった。
愚輩は、「伊東市長等の政治倫理に関する条例(案)」の修正意見を出しつつ、「市長汚職防止条例(案)」という条例を制定すべしと言ったのだから、愚輩の意見を取り入れるという「自ら進んでその高潔性を明らかにし、」は、愚輩の意見の核心ではない。
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| 33.倫理条例ではない。汚職防止条例だ。
ところで、今回のパブリックコメントは、条文まで記載した条例(案)を示してきたが、これまでは、条文は示さずにその条例のアウトラインを示したのみであった。条例のパブリックコメント募集では条文まで示すべきだと意見を言ったことがある。
愚輩のパブリックコメントはホームページに掲載しておいた。興味のある人は少しは何かの参考になるかもしれない。もっとも、完成した条例(案)としてよく練ったものではないから、穴だらけではある。 |
| 32.構造改革不可論
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| 31.スクラップブックの発見と市長汚職事件
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| 30.佃前市長のヒアリングはもう済んだか 伊東市では9月市議会が開催中だが、初日の9月3日に佃前市長の汚職事件に関わる「土地取得に係る監視機能強化特別委員会」の中間報告があった。中間報告書は市議会ホームページにも公開されている。
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| 29.組織の矜持
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| 28.「市長汚職防止条例」と「市長政治倫理条例」
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| 27.市長汚職事件と市長等倫理条例(案)のパブコメ
前市長汚職事件が「背景」にあるのだろうと思うが、何の説明もないからそうではないかもしれない。条例条文は掲載されているが、特段の説明もない。どうしてそういう内容に至ったのか、何かを参考にしたのかというようなわかりやすい資料はない。
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| 26.赤貧の中、襤褸をまといて歩く人のあり ネット上に、過日総理大臣が歴代総理などとしたゴルフと翌日の夕食会の楽しそうに談笑する写真が掲載された。この写真は、総理大臣ではなく参加者の内一人が自分のブログに公開したという。談笑する写真には、ゴルフ参加者以外の姿も見えたから、色んな話をしたのかも知れない。愚輩はゴルフをしないのでよくわからないが、大いに鋭気を養ったのだろう。総理大臣ともなれば緊張の毎日が続く。リラックスできる時間をつくって次に備えるのは大いに結構なことだと思う。一方ではそんな写真を公表しなくてもよいのにと思う。
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| 25.記録がないならヒアリングしてレポートを公表せよ
小野市長は、このことについて今何をやっているのか新聞報道以外には情報がわからない素人が考えても、そのくらいのことはやるだろうと思うのだが。 |
| 24.「6万9千人の市民と共にあり」 予て予約しておいた、「空母いぶき(10)」が手元に届いた。中国の急襲をを受け、沖縄諸島のいくつかを奪われ、住民が拘束されている中、「いぶき」を旗艦とする自衛隊第5護衛隊群と中国広東艦隊との戦いがいよいよ始まった。これに日本が敗れることがあれば、大変なことになるのは言うまでもない。
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| 23.決起の報道 文科省現役高級官僚汚職事件のあり。同省中堅課長補佐級有志、これに危機感を抱き、省内抜本改革を提言したとの報道あり。国家の前途を憂い、幹部級には任せはおけぬとの決意からかと慮る。
伊東前市長汚職事件のあり。逮捕起訴されしは市長をやめてからのことなれども、事件は現職の時に起こしたことにして、「前」市長ではなく、紛うことなく「伊東市長汚職事件」なり。同市中堅勇士職員、伊東市の前途に危機感を抱き、幹部級には任せておけぬと、庁内抜本改革を提言したとの報道未だ聞こえてはこず。 |
| 22.汚職事件の関心遠のくを感じて
何故なら、政治とは公正、公平を旨とし、為に、政治家は無私であることに傾注しなければならぬが故である。言うまでもなく、権力の行使は、目的ではなく手段なのであって、無私であることに傾注しなければならぬ政治家がその権力を使って私腹を肥やそうとするが如きは、その罪重すぎることのなし。
時は夏、七十数年前の我が国敗戦の日の近づきたり。阿南惟幾陸軍大臣五十八歳、敗戦に際して曰く、「一死以て大罪を謝し奉る」 と。田舎町であろうと政治家ともなればこれほどの覚悟はもちたいものである。天下に伊東の恥をさらすも、また、発言は可能であるにも関わらず、前市長から「市民に対しその大罪を謝す」との言葉は聞かれない。阿南大臣続けて曰く、「神州不滅を確信しつつ」と。前市長、「郷土伊東の不滅を確信す」と果たして言えるであろうか。 |
| 21.老人の戯言というなかれ 市長も市議会も佃前市長の汚職事件を検証するというが、汚職事件の何を検証し、その後どうしようというのだろうか。汚職に至る諸事実を明らかにすることはできるかも知れぬが、それをやった当事者の心理を理解し、また、そのことを知っていようがいまいがそれを許るすに至った市幹部級職員の心理状況やそういうことを受け入れてしまった業界の状況を理解し、それを打破、改造しないことには、伊東市政の体質を改善することは不可能である。 この汚職事件そのものは、裁判で詳細が明らかになるだろうが、この事件は、前市長の特異な事件として幕引きをはかるような代物ではない。このまちの歴史的汚点であるとの認識が大事である。事件とは切り離して、辛抱強く伊東市政の体質改善の不断の努力が必要になると言うことを念頭に置いておかなければならない。
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| 20.「驚き・残念」と「怒り・憤り」 7月15日深夜に自動車が市役所玄関から中に突っ込んだという記事が今日の地元紙に乗った。犯人も捕まり、動機は税金に不満があったという。新聞記事に市長と副市長のコメントが掲載されていた。市長は「とんでもない暴挙」といって怒りをあらわにしたという。副市長は「・・・どんな事情があるにせよ、こういう行為は許されない。市庁舎は市民の共有財産であり、憤りを感じる」とあった。 記事中のこの件を読んで、極めて気持ちの悪い違和感を感じた。前市長が汚職事件で逮捕された時、市長はこれほど怒りをあらわにしただろうか。副市長は市民の共有財産が犯されたといって、また、公正、公平を旨とすべき公務員の信頼が犯されたといって、報道にその憤りの言葉を掲載させたであろうか。たった1ヶ月前のことである。隅から隅まで報道各社の記事を読んだ訳ではないが、「驚き」「残念」などの言葉はあっても、市長、副市長が発する「怒り」「憤り」という言葉は見た記憶がない。
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| 19.凡夫の検証委員会
手始めに自身のホームページに考察のための頁を開設し、その資料等を公開していくこととした。 |
| 18.映画「空とぶタイヤ」と伊東市の政治状況 今日、映画「空飛ぶタイヤ」を見た。走行中に脱輪して、歩道を歩いていた人を殺してしまったトラックを製造した大手自動車メーカーの隠蔽体質をあばくストーリーである。
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| 17.義理が廃れりゃこの世は闇よ 少し前の話にはなるが、岐阜県美濃加茂市の市長が汚職で逮捕、起訴されるという事件が起こった。現在では既に刑が確定している。逮捕、起訴された時に、人口約5万5千人のこのまちの18歳以上の2万人をこす市民が、早期釈放を求めることに署名したという。あの市長に限ってそんなことをする訳がないということである。
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| 16.勝手に参考人
しかし、今年66になる老人とて、体は元気そうに見えても、記憶力は日々減退していることは明らかである。今回の汚職事件が公になってから、思い出してはみるが、断片的であり、当該議案の審議で、自身が何と発言したかまでは詳細には覚えていない。参考人として呼ばれても、「記憶にございません」では恥ずかしいことこの上ない。
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| 15.市長と事業者との関わりにも現れる伊東市の体質 7月7日の地元紙に「(伊東市))佃前市長ら起訴」とあった。統計的には、起訴された事件は99.9%が有罪になるというが、愚輩には今後の裁判を占うほどの法的な知識はない。
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佃前市長の汚職事件も興味が遠のきつつあるのだろうか。市井の凡夫には、このまちの体質改善のために小野市長は今何をやっているのか全く伝わってこない。凡夫には、公にされた地元新聞の記事を読むか、市のホームページを見る以外にそういう情報を入手できる手立ては限られる。愚輩如き凡夫にも、今市長が何をやっているのかわかるように、聞かれなくても、市長が進んで毎日でもその情報を提供すべきであると思う。
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過日深夜、サッカーワールドカップの日本の試合を見た。それ以来体調がなかなかもとに戻らない。睡眠不足は、老人の体にはことのほか大きなダメージを与える。そういうことがあるから、昨夜の日本の試合は見ずに早々に寝てしまった。 女房殿の出勤前の一時に一緒にテレビを見るのが日課となっている。
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| 12.汚職事件後の「議会の検閲権」 今朝の地元紙によれば、昨日の伊東市議会議会運営委員会で、前市長汚職事件に端を発して、「特別委員会」を設置することが決まったという。その目的はというと、「土地取得の状況調査と制度改革についての調査研究」だという。前市長在任中の土地取引を検証するという。
特別委員会の設置に反対した会派があったという。この会派は「特別委員会」には入らないだろうから、独自に活動するのだろう。「公共事業入札を広く調査し、政治倫理にまで踏み込む」としている。議会の権限は思うようには使えないだろうが、それはそれで期待したい。 ( |
| 11.シンギュラーポイントと汚職事件
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開催中の伊東市議会6月定例会のネット公開が始まったので早速に見た。新聞では、6月18日の議会冒頭で、佃前市長の汚職事件について、小野市長が陳謝したという記事を読んでいたので、18日の議会の様子を見た。
さて、佃前市長の汚職事件が発覚し、本人が司直の手に落ちてから数日が経った。釈放されたという話は聞かないし、送検されたという新聞記事もある。取材に来た警視庁詰めの記者さんに、嫌疑不十分で釈放されることもあるからねと言ったら、「サンズイ」は、公表する時点で警察、検察と綿密な打合せをやっている、上の方から余程大きな政治的な圧力がかかることもあるが、普通は九九パーセントアウツだろうと教えてくれた。「サンズイ」って何だと聞いたら、「汚職」の「汚」のサンズイだと教えてくれた。汚職事件の顛末は司直による解明、分析を待つ以外にはない。
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人の噂も七五日という。雑多でおもしろい情報があふれかえっている現代では、噂の主役が入れ替わるのも早い。主役の入れ替わりに七五日も要しはしないだろう。佃前伊東市長の汚職事件の報道も既にピークは過ぎている。報道のピークが過ぎれば世の関心がなくなるのは当然である。伊東市民でさえ次第に関心は薄れていくこともまた明白であろう。あるいは、この汚職事件に慣れてしまうに至るもまた明白であろう。関心は薄く慣れの日常からは変革のエネルギーは生まれてこない。道理である。この汚職事件で、直接間接に自分に累が及ぶことを恐れる者は、世評を気にしつつ早い幕引きを望む。あるいは画策する。
時は既に二十年近くも過ぎてしまったが、今市長与党と目される議員の中に、市長に抗するほどの気概のある人のありやなしや。
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| 7.市議会の名誉挽回とは 長たる人の発言は、それが公的場面でなされた場合は特に大事である。その人個人の発言であったとしても、普通はその組織全体の意思とみられてしまう。重大な事件に関して発言する場合は、迅速にして細心の注意が必要となる。 昨日(六月一八日)、市議会において、市長と市議会議長から発言があったという。映像は見ていないが、静岡新聞の夕刊(一八日)に、発言内容の掲載があった。市議会議長は、「前代未聞の事態で市にとって大きな痛手。小野市長とともに名誉挽回に努める」と述べたという。新聞記事だから要約されているだろう。
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やくざ映画では、親分を守るために子分が命を懸ける。納得づくで親分の罪を子分が被ることもある。親分は、「あいつがやったことだ、俺は知らなかった」という。子分はといえば、「へい、あっしがやりました」という。親分のやったことに「あっしにゃあ関係ありません」と言う子分のことはあまり聞かない。子の親への忠誠心の高さはこの上もない。義侠の鑑である。世の理不尽はここに極まる。
発言の矛盾は置くとして。考えてもみよ、市長たる者は行政の中枢ではないか。地方公共団体を代表する者ではないか。予算編成権も執行権限も持つ市長を除いた行政などはどこにも存在しないのである。しかも市長の地位を利用して公金を着服した容疑なのである。「個人的に行政と関係ないところで動きがあった」などとはどこから出てくる言葉かと思ってしまう。
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昨夜、佃前伊東市長が収賄罪容疑で警視庁に逮捕された。同時に贈賄側と贈収賄を仲介した者も逮捕された。司直の手に落ちたからには、その犯罪の確定は捜査と裁判に委ねる他はない。世の中には、嫌疑不十分や冤罪ということもある。犯罪の確定はまだだとはいえ、現役政治家はもちろんのこと政治家であった人は、「あの人に限って、まさか」と思われるか「やっぱりな、やりそうなことだ」と思われるかでは、雲泥の差がある。
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愚輩如き市井の凡夫が何を言ったところで、ほとんどの人は気にも留めないし、言い方を間違えようとも、言うべき時に言わず、黙すべき時に言ったとしても気がつかない。まして、愚輩の行間を読み解く人は、仮に居たとしても、余程の暇人か愚輩に興味のある人くらいである。
六月一四日の中日新聞の夕刊(ネット板)に、前伊東市長の収賄罪容疑の報道に関する取材に答える現小野伊東市長のコメントがあった。曰く「二〇二〇年の東京五輪・パラリンピック対策をお願いするために特別顧問に就いてもらった。さまざまな実績を残しており、立派な政治家だと思う」と。
だいぶ昔のことになるが、当時の田中角栄総理大臣は、外国から数億円もらったとして大きな事件になり、結局有罪の判決が下された。外国の陰謀や権力闘争なども絡んでいたともいわれ、単に私服を肥やした訳ではないといわれることもある。また、予て愚輩がかくありたい思っている斉藤隆夫代議士は、東條内閣に抗して議員を除名された。議員除名は不名誉の極みである。
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前伊東市長の佃弘巳氏の公共用地取得に係る収賄容疑の報道が昨日から出ているが、時間が経つに従って、新聞に加えて全国テレビのニュースでも報じられるようになった。その内容も次第に詳しくなってきたように見える。逮捕状が出たとの報道もある。
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日大は、マメフトの危険タックルから端を発して、今や大学そのものの危機管理能力が問われる事態に発展してしまった。揶揄されて曰く。「日大には最近危機管理学部ができたそうだが、この日大の危機をどう管理するのだろうか」と。
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前伊東市長の佃弘巳氏が、市が購入した土地に関して、1000万円の収賄があった疑いがあり、警視庁が捜査に乗り出す方針である旨の新聞記事が出た。しかも、組織犯罪処罰法違反で、警視庁が関係者を摘発する中で前伊東市長の名前が出てきたという記事である。 この記事は、新聞社の警視庁への取材で明らかになったということだが、この数ヶ月の間に、複数の新聞社から、愚輩に取材があった。なぜ、現役議員でもない愚輩に取材に来たのかと聞いたら、この土地購入予算に係る本会議場の森議員の発言の議事録を読んだからだという。
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